top of page
  • 執筆者の写真山田

「臨床家の頭の中身」というシリーズ記事を始めました。第1回目、「神経痛性筋萎縮症」の治療経験から




「神経痛性筋萎縮症」という診断名のクライエントに遭遇しました。


臨床指導に通っている某クリニックで、このクライエントの担当セラピストとDrが何やら深刻な顔つきで話をしています。時折、Drが目ヂカラで「山田さん、ここきて一緒に話聞いて!」と言っている顔つきだったので、この話に混ざります。

「神経痛性筋萎縮症」って診断のついた、クライエントがいるのだけど、左手の親指が麻痺してしまって、困っているって話です。歯科医師でどうしても左の親指で器具を押さえる必要があるのに、親指が曲がらないので力が入らないって訴えらしいのです。


「神経痛性筋萎縮症」なんて診断名は聞いたことがないので、早速ググります。ヒットした論文を斜め読みして、必要な情報だけ選んで頭に残します。

「原因は不明だが、何らかの要因で疼痛が生じ、疼痛消失後に運動麻痺が残るらしい。多くは、上肢に起こるらしい。末梢神経障害らしい。カルテ上では、棘上筋の萎縮があるらしい。」

担当セラピストに確認します。「拇指を動かす時に過剰に外転しない?」、この時点ですでに臨床推論が始まっています。

拇指のIPが屈曲しないということなので(他指は動く、つまり正中神経が麻痺しているとは考え辛い。なら、何かしらの影響で代償運動が先行しているのではないか?という疑問が思い浮かんだ。)

このくらいの情報を頭に置いて担当セラピストの指導、ということでクライエントに介入します。



クライエントに向かい合って座り、話を聞きながら姿勢と動作を分析します。この時の分析対象は、①表情、②姿勢(疼痛に対する逃避的な反応はあるか?上肢、特に手指の動きに影響しそうな胸郭、肩甲帯、頭頚部のアラインメント、骨盤の上に体が乗っているか?など)③話の中身と訴えと現象が一致するか(症状が出た時の様子。疼痛はどこにあって、いつまで、どんなときにあったのか。今、困っていることは何か?)こんな具合です。


また、神経性の影響があるのか、ないのかを確認するために、しびれ感や感覚異常、鈍麻があるかを確認します。(感覚神経系に異常はなし)


次に、問題となる拇指の動きを見ます。案の定、長拇指外転筋の過剰使用でトータルな拇指の伸展を呈しています。この現象は、手内筋の不使用による代償的な指伸展動作です。


姿勢そのものには、気になる点はなかったので、上肢帯を丁寧に見るために臥位になっていただきます。


肩関節、肘関節、手関節の動きを、筋緊張の評価と一緒に行います。つまり動きを誘導して見るわけです。

こうすることで、トリックモーションが防げるのと、過剰な緊張や関節の不安定性が同時に評価できます。


肩関節では、中間位での挙上に抵抗があり、内旋を伴った肘を引き上げるような外転の運動が出現してしまいます。これは、上肢の運動に伴った肩甲骨の安定性が失われている時の現象です。棘上筋の萎縮があれば、頷ける現象です。


また、肩関節中間位では肘の曲げ伸ばしに抵抗があります。内旋方向に持っていくとこの抵抗はなくなり、スムーズなかんせう運動となります。疼痛や麻痺が起こってすでに半年以上経過しているので、誤学習が起こっていても不思議ではありません。

しかも、この状態では手関節はドロップ(掌屈、尺屈方向に力なく落ちている状態)してしまい、背屈がスムーズにはできません。手関節をテノーデーシスライクアクションのような状態で指の曲げ伸ばしを繰り返していれば、手内筋は不使用によって萎縮していても不思議ではありません。


さらに、日常的に拇指を過伸展させて力を入れようとしていた誤使用があれば、曲がってこなくなることも理解の範囲です。


このような、評価と結果の解釈から、「拇指の曲がらない状態は神経性ではなく誤学習の結果、筋力が低下したもの」と判断しました。



ということで、いよいよ治療的に介入を始めます。

まずは、肩甲上腕関節のインバランスを正常化するために、肩甲骨と上腕骨の分離を図ります。具体的には、肘関節を支えて上腕骨を回旋させていきます。回旋運動は、ローテーターカフ筋群の賦活と三角筋など安定筋群に働きかけるとても使い勝手の良い運動です。


しかも、肘関節の選択運動もここで練習出来てしまうのでとてもお得です。


回旋運動を促しながら、上肢の挙上角度や水平内転、水平外転などの複合運動を織り交ぜます。さまざまな肢位での運動を体験することで不安感や恐怖感を自覚できたりもします。「この位置だとこわい」、とか、「この位置は安心」とかが体験できてよろしいです。


次に、肘関節の選択運動を促します。関節運動の硬さはあまり自覚的になれない側面を持ちます。できるだけ、「力を抜いたらこう動くよね」という側面を利用して、「ダラ~ん」とか言いながら、外に広げる、体の横に下ろす、頭の方に下ろす、という脱力系の運動を誘導すると、実は力が入りやすくなったりします。


最後に、指の運動を促しますが、準備として手内筋(中様筋やら背側骨間筋やら拇指内転筋やら対立筋やら)を誘導しながら運動の再現をしてもらいます。

そして、拇指屈曲といえば指先で把持するってアクティビティーが思い浮かぶので、柔らかいボールを指先で支える、って活動を促します。


すると、はじめは「分からない」と言っていたクライエント拇指IPが屈曲できるようになりました。


もちろん、力はまだ弱いし、この結果がどの位の期間継続できるかは時間をおいてみなければ分からないので、次回、確認出来る時までのお楽しみです。


そして、棘上筋の萎縮は残されたままなので、この影響で上肢の動きが代償的になってしまう危険は十分にあります。


自宅での自主トレを指導して、約1時間のセラピーでした。


今持っている知識を総動員し、今までの経験を総動員し、今持っている技術を全部提供して、とにかく結果をだすこと。


それしかないんだって!それが、臨床家の極意!

閲覧数:461回0件のコメント
bottom of page